高齢者の口腔ケア完全ガイド|誤嚥性肺炎を防ぎ「一生おいしく食べる」ための目的・方法・注意点

高齢者の口腔ケア完全ガイドのサムネイル画像

高齢者の口腔ケアは、「歯みがき」を超えた、とても大切なケアです。
むし歯や歯周病、口臭の予防だけでなく、誤嚥性肺炎、低栄養、フレイル(心身の虚弱)、認知機能低下など、全身の健康とも深く関わっています。

この記事では、高齢者の口腔ケアはなぜ必要なのか(目的)/どうやるのか(方法)/どこに気をつけるか(注意点)を、介護現場・在宅介護どちらでも実践しやすい形で徹底解説します。


目次

高齢者の口腔ケアとは?|高齢者の口腔内の特徴と「なぜ必要か」

高齢者の食事に介護士が寄り添っている写真

口腔ケアとは?高齢者における定義と基本的な考え方

口腔ケアとは、「口の中を清潔に保ち、食べる・話すなどの働きを守るためのケア」のことです。高齢者では、単なる歯みがきだけでなく、口の機能を維持するリハビリも含めた広い意味で使われます。特に介護の現場でいう高齢者の口腔ケアは、「お口の掃除」と「お口の筋トレ」の両方を指すと考えると分かりやすいです。

なぜこのような広い定義が必要かというと、高齢になると「汚れを落とす力」と「口を動かす力」が同時に落ちやすいからです。唾液(だえき)は本来、歯や粘膜を洗い流してくれる自浄作用を持っていますが、高齢者や要介護高齢者では唾液の量が減り、口の中の菌が増えやすくなります。実際、唾液1mLの中には数億〜数十億の細菌がいるとされており、唾液が減るとむし歯や歯周病だけでなく、誤嚥性肺炎などの原因にもなります。

具体的には、介護現場の高齢者の口腔ケアには次のような内容が含まれます。

  • 歯や歯ぐきの清掃(歯ブラシ・歯間ブラシ・フロスなど)
  • 舌やほほ・唇・口の中の粘膜の清拭(スポンジブラシやガーゼなど)
  • 入れ歯の取り外し・ブラッシング・洗浄剤での洗浄
  • 唾液腺マッサージや「パタカラ体操」など、嚥下や発音のための体操
  • 必要に応じて歯科医師・歯科衛生士による専門的口腔ケア(歯石除去・専門的清掃など)

つまり高齢者の口腔ケアとは、「歯を磨くだけ」ではなく、口の中を清潔にしつつ、飲み込みや会話などの口の働きを守るための総合的なケアです。介護の場では、介護職・看護職・歯科専門職がチームになり、日常のセルフケアと専門的ケアを組み合わせて行うことが大切になります。

高齢者の口腔内の特徴と口腔機能低下

高齢者の口の中には、「自浄作用の低下」「残っている歯の状態の悪化」「ドライマウス(口の乾燥)」「入れ歯や治療跡の増加」といった特徴があります。これらが重なることで、口の中が汚れやすく、機能も低下しやすい状態になっています。

まず、自浄作用の低下についてです。健康な大人では、唾液がたくさん出ることで歯や粘膜の汚れを自然に洗い流しています。しかし、高齢者や要介護高齢者では、加齢や薬の影響で唾液の量が減りやすく、夜間は特に唾液が少なくなります。その結果、歯垢や舌苔(舌の汚れ)がたまり、細菌数が増加しやすいことが報告されています。

次に、残存歯と治療跡の変化です。日本の調査では、65〜74歳では平均約21本の歯が残っていますが、85歳以上では平均約11本程度に減ることが報告されています。歯が少なくなると噛みにくくなり、残った歯には負担が集中するため、さらにむし歯や歯周病が進行しやすくなります。また、ブリッジやクラウン、根の治療跡なども増え、歯みがきで汚れが取りにくい複雑な口腔内環境になっていきます。

さらに、ドライマウス(口腔乾燥)や入れ歯の増加も問題です。口が乾くと、粘膜に傷ができやすく、入れ歯が当たって痛みや口内炎を生じやすくなります。口腔機能低下症に関する日本歯科医学会の資料でも、「口腔乾燥」「咬合力低下」「舌や口唇の運動機能低下」など複数の機能の低下が、低栄養やフレイル(虚弱)につながるとされています。

このように、高齢者の口の中は「汚れやすく、掃除しにくく、動きにくい」という三重苦になりやすい状態です。そのため、高齢者の口腔ケアでは、普通の大人と同じやり方では足りず、「高齢者特有の変化を前提にしたケアの工夫」が必要だといえます。

航空機能低下症の概念図
引用元:日本歯科医学会 口腔機能低下症に関する基本的な考え方 P.8 令和6年3月

「高齢者はなぜ口腔ケアが必要なのか?」をわかりやすく解説

高齢者にとって口腔ケアが必要な一番の理由は、「口の問題が全身の病気や生活の質に直結する」からです。単にむし歯や歯周病を防ぐだけでなく、肺炎・低栄養・フレイル・認知症など、命や生活に大きく影響する問題の予防につながっています。

特に重要なのが誤嚥性肺炎との関係です。高齢者の肺炎の多くは、口の中の細菌を含んだ唾液や食べ物が誤って気管から肺に入ることで起こる「誤嚥性肺炎」とされています。要介護高齢者の歯垢からは肺炎の原因菌が高い確率で検出されることが報告されており、口腔ケアによって口の中の細菌数を減らすことが誤嚥性肺炎予防に有効とされています。

また、「歯の本数・噛みにくさ・口の渇き」と認知症や体重減少のリスクの関係を調べた大規模研究(JAGES研究)では、歯の喪失・咀嚼困難・口腔乾燥があると認知症のリスクが10〜20%高くなることが示されています。さらに、歯数19本以下の人では認知症リスクが1.12倍、歯がない人では1.20倍高いという報告もあります。

実際の介護現場でも、口腔ケアを丁寧に行うことで「むせが減って肺炎の入院がなくなった」「よく噛めるようになり食事量が増えた」「はっきり話せるようになって表情が明るくなった」といった変化が見られることが多くあります。これらは、厚生労働省や日本老年歯科医学会の資料でも「口腔機能の維持が健康寿命の延伸に寄与する」として整理されています。

つまり、「高齢者はなぜ口腔ケアが必要なのか?」という問いに対しては、「口のケアが、その人の命と生活の質を守る土台になるから」と答えることができます。歯を守るだけでなく、肺炎・低栄養・フレイル・認知症を予防し、『その人らしく生活する力』を支えるのが高齢者の口腔ケアなのです。

歯の喪失、咀嚼困難、口腔乾燥があると認知症のリスクが高まる図解
引用元:東北大学大学院歯学研究科・助教 草間太郎 歯の喪失・咀嚼困難・口腔乾燥があると認知症のリスクが10~20%高くなる 2024年3月

高齢者の口腔ケアの目的と効果|しないとどうなる?

歯ブラシの画像

高齢者の口腔ケアの目的5つ

高齢者の口腔ケアには、主に次のような目的があります。

むし歯・歯周病の予防:歯をできるだけ長く保つ

誤嚥性肺炎など感染症の予防:口の中の細菌を減らし、肺炎リスクを下げる

低栄養・フレイルの予防:かんで食べられる食品を増やし、栄養状態を保つ

認知症予防・QOL向上:かむ刺激や会話を通じて脳への刺激を保つ

食べる・話す楽しみを守る:好きなものを食べ、人と話す楽しみを維持する

目的を一言でまとめると、「病気を減らし、その人らしい生活を守るためのケア」と言えます。

口腔ケアをしないとどうなる?局所トラブルから全身への影響まで

口腔ケアをしない状態が続くと、まずお口の中で次のようなトラブルが起きやすくなります。

歯垢や歯石がたまり、むし歯・歯周病が悪化する

強い口臭が出る

口内炎や入れ歯の当たり傷ができる

白い苔のような「カンジダ症」が起きる

さらに、汚れた唾液や食べかすを誤って飲み込むことで、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。歯周病の菌や口腔内の細菌が血液に入り、心血管疾患や糖尿病の悪化と関連している可能性を示す研究も多数報告されています。

つまり、「口の中だけの問題」で終わらず、全身の病気や入院・要介護状態の悪化につながることがあるため、口腔ケアを「後回し」にしないことが大切です。

エビデンスで見る「口腔ケアと誤嚥性肺炎予防」

口腔ケアが誤嚥性肺炎の予防に効果があるかどうかについては、「有効性がある」という研究結果が多数報告されています。特に、要介護高齢者を対象にした研究では、専門的口腔ケアを行うことで肺炎の発症率や死亡率が有意に減少したというエビデンスが示されています。

代表的な研究として、要介護高齢者に2年間、通常の口腔ケアを行ったグループと、歯科専門職による専門的口腔ケアを行ったグループを比較した研究があります。その結果、専門的口腔ケアを受けたグループでは肺炎の発症率が約40%抑えられたと報告されました(※1)。この研究は、1999年に発表され、その後の口腔ケア重視の流れを作った根拠としてよく引用されています。

また、訪問歯科の口腔ケアマニュアルでは、「口腔ケアによって肺炎の発症率は39%、肺炎による死亡率は約53%に低下した」というデータが紹介されています。厚生労働省の資料でも、後期高齢者の口腔衛生状態と咀嚼能力の改善が、誤嚥性肺炎の減少や低栄養・ADL改善に有効であるとまとめられています。

さらに近年の研究として、日本老年学的評価研究(JAGES)では、歯みがきの回数が少ない高齢者ほど肺炎を経験しやすいことが示されました。1日1回以下しか歯をみがかない人は、1日2回以上みがく人に比べて肺炎の経験が約1.57倍高かったと報告されています(※2)。

これらのエビデンスを総合すると、「高齢者の誤嚥性肺炎を予防するには、口腔ケアをしっかり行うことが効果的」と言えます。日常的な歯みがきや入れ歯清掃などのセルフケアに加え、歯科医師・歯科衛生士による専門的口腔ケアを定期的に取り入れることで、肺炎のリスクを下げ、入院や死亡のリスクも減らせる可能性が高いことが科学的に裏付けられています。

2年間の肺炎発症率の図解
※1引用元:国際歯科学士会日本部会 超高齢社会における口腔健康管理と誤嚥性肺炎予防 米山歯科クリニック 院長 米山武義氏 
歯磨き回数と過去1年間の肺炎発症率の図解
※2引用元:東京歯科医科大学 特任研究員 井上裕子氏 歯みがきが一部の高齢者の肺炎の発症を減少させる可能性 2024年3月

※ 誤嚥性肺炎の予防について詳しく知りたい方はこちら>>>https://asu-asu.blog/koureisya-syokujikaijo-goenyobou/


高齢者のお口の変化と代表的なトラブル

歯の治療をする写真

歯と歯周組織の変化と「高齢者のむし歯・歯周病の特徴」

高齢者のむし歯と歯周病は、「根元からじわじわ進む」のが大きな特徴です。若い頃のように歯の上だけを磨いていると、見えないところで進行してしまうため、意識してケアする必要があります。

年を重ねると、歯ぐきが下がって歯の根元が露出しやすくなります。この部分にできるむし歯は「根面う蝕(ルートカリエス)」と呼ばれ、高齢者に特徴的な問題として厚生労働省の資料でも対策の必要性が指摘されています。
また、日本歯周病学会のガイドラインでは、75~84歳の約51.6%が「8020(80歳で20本以上の歯)」を達成している一方で、4mm以上の歯周ポケットを持つ人が約50.6%と報告されており、「歯は残っているが、歯周病も多い」という現状が示されています。

たとえば、80代で健康な歯がたくさん残っている方は、一見「お口が若い」ように見えますが、歯ぐきが下がって根元が出ていることが少なくありません。根元はエナメル質より柔らかい象牙質がむき出しになっているため、少し磨き残しがあるだけでむし歯が広がりやすく、気づいたときには歯が欠けてしまうこともあります。

このように、高齢者のむし歯・歯周病は「歯が残っているから安心」ではなく、「残った歯を守るケア」がとても重要になります。根元を意識したブラッシングや、歯間ブラシ・フロス、定期的な歯科受診でのチェック・クリーニングが欠かせません。

8020達成者の図解
引用元:特定非営利活動法人 日本歯周病学会 高齢者の歯周治療ガイドライン2023 P.9
4㎜以上の歯周ポケットを有するものの割合図解
引用元:特定非営利活動法人 日本歯周病学会 高齢者の歯周治療ガイドライン2023 P.10

口腔乾燥症(ドライマウス)と唾液の働き

高齢者のお口のトラブルの中でも、見落とされやすいのが「口の乾き(口腔乾燥症)」です。唾液は、実は1日あたり約1~1.5リットルも分泌され、歯や粘膜を守る大切な働きをしていますが、加齢や薬の影響で唾液が減ると、お口の環境が一気に悪くなります。

唾液には、汚れを洗い流す「自浄作用」、むし歯菌や細菌の増殖を抑える「抗菌作用」、口の粘膜をうるおす「保湿作用」、食べ物を飲み込みやすくする「潤滑作用」など、多くの役割があります。
高齢になると唾液腺が萎縮して分泌が減り、さらに脱水や多剤服用(血圧の薬、抗うつ薬、睡眠薬など)によって口の乾きが強くなることが知られています。

たとえば、「いつもお茶がないと食事が進まない」「夜中に何度も水を飲みに起きる」「入れ歯がこすれて痛い」といった訴えは、背景に口腔乾燥症があることが多くあります。乾いたお口はむし歯・歯周病・口内炎・誤嚥性肺炎などのリスクを高めるため、こまめな水分補給、室内の加湿、唾液腺マッサージ、保湿ジェルや保湿スプレーの活用、薬の見直しを主治医と検討することが大切です。

このように、「口が乾きやすくなったかな?」と感じた段階で対策を始めることが、トラブルを防ぐ第一歩になります。

カンジダ症・バイオフィルムなど見落としがちなトラブル

高齢者では、いわゆる「ばい菌」だけでなく、カビの一種である「カンジダ菌」が原因のトラブルも増えてきます。特に入れ歯を使っている方や、口の乾燥が強い方では注意が必要です。

カンジダ菌は、健康な人の口の中にもいる「常在菌」ですが、免疫力の低下や口腔乾燥、不潔な義歯などが重なると「口腔カンジダ症」として発症します。義歯の表面には「デンチャープラーク」と呼ばれる汚れが付きやすく、その中にカンジダ菌を含む多くの微生物が「バイオフィルム」という膜を作り、しつこく定着することが報告されています。

研究では、不潔な義歯を入れたままにしていると、義歯下の粘膜炎や口角炎だけでなく、デンチャープラーク中の真菌や細菌を誤嚥することで、消化管や肺への感染症を起こす危険性があると指摘されています。
また、カンジダバイオフィルムは、単にブラシでこするだけでは落ちにくく、超音波洗浄やカンジダに有効な義歯洗浄剤の活用が推奨されています。

具体的には、「上あごが赤くてヒリヒリする」「入れ歯を外すと粘膜が赤い」「口臭が強くなった」という場合、カンジダ性口内炎や義歯性口内炎が疑われます。こうしたトラブルは、毎日の義歯ブラシ+義歯洗浄剤の浸漬、夜は必ず外して保管すること、定期的な歯科受診で義歯と粘膜をチェックしてもらうことで、かなり予防・改善が期待できます。

見落とされがちな「カビ」と「バイオフィルム」を意識してケアすることで、入れ歯トラブルや肺炎リスクをぐっと減らすことができます。

入れ歯が合わない・痛いときのチェックポイント

高齢者のお口のトラブルで相談が多いのが「入れ歯が当たって痛い」「噛むと外れる」といった訴えです。入れ歯は一度作れば終わりではなく、あごの骨や歯ぐきの形が変わるたびに調整が必要な“消耗品”に近い存在です。

合わない入れ歯を使い続けると、噛めない・話しづらいという不快感だけでなく、粘膜の傷や炎症、義歯性口内炎、残っている歯への過負荷、デンチャープラークの蓄積によるカンジダ症や誤嚥性肺炎リスクの増加など、さまざまな悪影響が出ることがわかっています。

チェックのポイントとしては、次のようなことが挙げられます。

  • 新しい入れ歯にして数日~1週間経っても痛みが続く
  • 特定の場所(ほほ側・舌側・入れ歯の縁など)だけ赤くなっている
  • 食事中にすぐ浮き上がる・外れる
  • 長く使っていて、最近また噛みにくくなってきた
  • 義歯洗浄剤を使わず、水洗いだけで済ませている

たとえば、「痛いけど我慢して使っている」ケースでは、その部分の粘膜が慢性的に傷つき、炎症が慢性化したり、カンジダや細菌が増えやすい環境になってしまいます。

違和感や痛みが続くときは、「我慢せずに歯科で調整してもらう」「毎日、義歯ブラシ+洗浄剤でていねいに洗う」「夜は外して粘膜を休ませる」といった基本を守ることが大切です。入れ歯と歯ぐきの両方を良い状態に保つことで、「おいしく食べる」「楽しく話す」という高齢期の生活の質を守ることにつながります。


口腔ケアの種類|器質的口腔ケアと機能的口腔ケア

口腔ケア用品の写真

高齢者の口腔ケアというと、「歯みがき」だけをイメージしがちですが、専門的には大きく「器質的口腔ケア」と「機能的口腔ケア」の2つに分けられます。片方だけでは不十分で、両方をバランスよく行うことで、「清潔」と「機能」を同時に守ることができます。

器質的口腔ケアとは|歯・舌・粘膜・義歯をきれいにするケア

器質的口腔ケアとは、簡単に言うと「お口の中を物理的にきれいにするケア」です。歯・歯ぐき・舌・ほほの内側・上あご・入れ歯など、目に見える部分の汚れを取り除き、細菌の数を減らして清潔に保つことが目的です。

具体的には、次のようなケアが含まれます。

  • 歯ブラシやタフトブラシ、歯間ブラシ、フロスによる歯・歯間の清掃
  • 舌ブラシやガーゼによる舌苔(舌の白い汚れ)の除去
  • スポンジブラシやガーゼによる粘膜・歯ぐきの清拭(口腔清拭)
  • 義歯ブラシと義歯洗浄剤による入れ歯の汚れ・バイオフィルム除去

器質的口腔ケアの目的は「口腔衛生状態を改善し、細菌叢を正常化すること」、つまり、食べかすやプラーク(歯垢)、デンチャープラークなどを取り除き、口腔内細菌を減らすこととされています。

たとえば、寝たきりの方でスポンジブラシによる口腔清拭を毎日行ったところ、口臭や舌苔が減り、発熱や肺炎が減ったという報告もあります(詳細は前節で紹介した誤嚥性肺炎予防のエビデンスと重なります)。器質的口腔ケアは、「お口の掃除をして病原菌を減らす」ことに直結する、土台となるケアです。

機能的口腔ケアとは|「食べる・飲み込む・話す」を守るリハビリ的ケア

機能的口腔ケアは、「お口の筋肉や動きを鍛えるケア」です。器質的口腔ケアが“掃除”だとすれば、機能的口腔ケアは“リハビリ”にあたります。目的は、咀嚼(かむ)・嚥下(飲み込む)・発音・表情といった口腔機能を維持・改善し、誤嚥性肺炎やオーラルフレイルを防ぐことです。

代表的な方法としては、次のようなものがあります。

  • 唾液腺マッサージ:あご下や耳の前などの唾液腺を優しくマッサージし、唾液の分泌を促す方法。唾液分泌量の大部分を占める「顎下腺」を刺激することで、口の乾燥をやわらげ、飲み込みやすさを高めることが報告されています。
  • パタカラ体操:「パ・タ・カ・ラ」と大きくはっきり発音する体操。口唇・舌・のどの筋肉を鍛え、嚥下機能や滑舌の改善、唾液分泌の促進に役立つとされています。
  • 舌体操:舌を上下左右に動かしたり、口の外に出したりすることで、舌の筋力や動きを保つ体操。舌の機能低下は誤嚥や構音障害と関係するため、簡単な体操でも継続が重要です。
  • 表情筋体操(口の体操):「あ・い・う・え・お」と大げさに口を動かす体操など。口周りの筋肉を動かすことで、表情が豊かになり、食べるときの口の閉じ方や飲み込みを助けます。

たとえば、毎食前に「唾液腺マッサージ+パタカラ体操を3分」続けると、「飲み込みやすくなった」「むせにくくなった」と感じる高齢者は多く、自治体のオーラルフレイル教室でも広く採用されています。

このように、機能的口腔ケアは「お口の筋トレ」のようなもので、転倒予防の筋トレと同じく、少しずつでも続けることが大切です。

健康高齢者・要介護高齢者それぞれの口腔ケアバランス

口腔ケアのポイントは、「その人の状態に合わせて器質的・機能的ケアのバランスを変えること」です。元気な高齢者と、要介護の高齢者では、できることも目標も異なります。

比較的元気な「健康高齢者」の場合は、自分で歯みがきやうがいができることが多いため、器質的口腔ケアはセルフケア中心、そこに機能的口腔ケア(口腔体操・パタカラ体操・唾液腺マッサージなど)をプラスする形が理想的です。日本歯科医師会は、オーラルフレイル対策として、口や舌の体操やガムを使った咀嚼訓練などを推奨しており、「噛む・飲み込む・話す」を保つことで健康寿命の延伸につながるとしています。

一方で、要介護高齢者や寝たきりの方では、自力の器質的ケアが難しいため、介護者や看護職・歯科衛生士による器質的口腔ケアの支援が必須です。さらに、嚥下機能が低下している方では、「むやみに水でうがいをさせない」「誤嚥を防ぐ姿勢でケアする」など、安全に配慮した方法を選ぶ必要があります。

たとえば、

  • 健康高齢者:
    • 毎食後の歯みがき+1日1回の歯間清掃
    • 朝・夕の口腔体操(パタカラ・舌体操・表情筋体操)
  • 要介護高齢者:
    • 食後・就寝前の介助による口腔清拭・歯みがき・義歯清掃
    • 食前の唾液腺マッサージや軽い口腔体操(可能な範囲で)

といったイメージで、「できることは本人に」「難しいところは介助で補う」バランスを取るとよいでしょう。

このように、器質的口腔ケアと機能的口腔ケアを、その人の状態に合わせて上手に組み合わせることで、「清潔なお口」と「よく動くお口」の両方を守ることができます。


口腔ケア前に確認したい「観察項目」と準備

顕微鏡で観察する写真

高齢者の口腔ケアで観察すべき項目

高齢者の口腔ケアは、「いきなり磨く」のではなく、まず口の中をよく観察することが一番のポイントです。観察することで、危険なサイン(出血・強い痛み・誤嚥リスクなど)に早く気づき、無理のない安全なケアができます。

観察のときは、次のような点を順番にチェックすると分かりやすくなります。

1. 口の乾燥(ドライマウス)

口の中がカラカラに乾いていないか、唇がひび割れていないかを見ます。

高齢者は加齢・薬の副作用・脱水などで唾液が減りやすく、乾燥すると口内炎・カンジダ症・誤嚥性肺炎のリスクが上がることが報告されています。

2. 汚れ・歯垢・舌苔(白い舌のコケ)

歯の汚れ、歯ぐきとの境目の黄白いネバネバ(プラーク)、舌の白い付着物(舌苔)を見ます。

ナース専科の口腔ケア記事でも、歯の汚れ・プラーク・舌苔・口臭などが基本の観察項目として示されています。

3. 傷・口内炎・出血の有無

頬の内側、舌、歯ぐきに赤いところ・ただれ・出血がないかを確認します。

口腔乾燥がある高齢者では小さな傷から口内炎や口腔がんにつながるリスクが高まることが示されています。

4. 痛み・しみる感じ

「しみる」「痛い」と訴えていないか、歯ブラシを当てたときに急に顔をしかめないかを見ます。

認知症の方など自分で痛みをうまく言えない場合は、表情の変化や手が口にいく様子もヒントになります。

5. 義歯(入れ歯)の状態

汚れ・におい・ひび割れはないか、当たって赤くなっている場所はないかをチェックします。

東京医師会のガイドでは、「入れ歯は必ずはずして観察する」ことが強調されています。

6. 嚥下状態(飲み込みの様子)

唾液や水分でむせやすくなっていないか、食事中に咳が増えていないかを確認します。

嚥下障害と誤嚥性肺炎は密接に関連しており、口腔ケアとあわせて評価することがガイドブックで推奨されています。

7. 全身の様子・表情

なんとなく元気がない、口を開けたがらない、介護を拒否するなどの変化も、口腔内トラブルのサインになることがあります。

このように、磨く前に「見る・聞く・感じる」ことが、結果的に安全で効果的な口腔ケアにつながります。

口腔ケアに必要な物品リスト

高齢者の口腔ケアでは、専用の道具をそろえておくと、安全でやさしいケアがしやすくなります。基本的な物品は次のようなものです。

歯ブラシ

小さめのヘッドで、毛先がやわらかいものが基本です。

ナース専科や口腔ケアの解説資料でも、歯と歯ぐきの境目のプラーク除去には歯ブラシが必須とされています。

ワンタフトブラシ

一番奥の歯や、歯と歯の間、部分入れ歯の金具の周りなど、細かい部分の清掃に使います。

スポンジブラシ(口腔ケア用スワブ)

うがいができない方の汚れのふき取りや、粘膜・頬・口唇の清拭・保湿に使います。QUOMの解説でも、うがいができない要介護者のケアで必須の道具として紹介されています。

義歯ブラシ

入れ歯専用のブラシです。歯科メーカーやライオンの資料でも、義歯は必ず外して義歯用ブラシで洗うことが推奨されています。

口腔用保湿剤・保湿ジェル

乾燥した粘膜や唇を潤すために使います。高齢者の口腔ケアマニュアルでは、口腔乾燥がある場合の保湿の重要性が繰り返し示されています。

うがい用カップ・洗口液(うがいできる人向け)

水または薄めた洗口液でうがいをしてもらうことで、口全体の汚れを流しやすくなります。

吸引装置(吸引歯ブラシなどを含む)

寝たきりや嚥下機能が低下した方では、誤嚥を防ぐために吸引付きの歯ブラシや口腔内吸引が推奨されています。

タオル・エプロン・手袋・ライト

衣類を汚さないようにタオルやエプロンをかけ、手袋をつけて感染予防を行い、口腔内を見やすくするためペンライトを使うことが推奨されています。

これらを「口腔ケアセット」として一つの箱やバッグにまとめておくと、毎日のケアがスムーズになります。

姿勢・環境・同意の取り方|安全に行うための基本

高齢者の口腔ケアで最も大切なのは、「誤嚥させないこと」と「本人が安心して受けられること」です。そのためには、姿勢・環境・声かけの3つを押さえることが重要です。

1. 姿勢(ポジショニング)の基本

  • できるだけ上体を起こす
    • 東京医師会のガイドラインでは、介助が必要な人でも「可能であれば上半身を起こす」ことが誤嚥予防の基本とされています。
    • 車いすなら背もたれを立て、ベッドなら30〜60度程度のギャッジアップを目安にします。
  • 座れない・寝たきりの場合
    • 横向き(側臥位)か、仰向けで顔だけ横に向け、クッションで身体を安定させる方法が推奨されています。
    • これは、汚れた水や唾液がのどの奥に流れ込まないようにするためです。
  • 足の接地も大切
    • 椅子に座れる方は、足が床につき、踏ん張れる姿勢のほうが飲み込みやすく、安全にケアできます。

2. 環境を整える

  • 十分な明るさ(ペンライトやスタンドライト)で口の中を見やすくします。
  • タオルやエプロンで衣類を守り、吸引器やごみ袋なども手の届く場所に準備しておきます。
  • ベッド上か洗面所かなど、「どこでケアするか」も本人の体力やADLに合わせて選びます。

3. 同意と声かけ

  • ガイドラインでは、口腔ケアの必要性を説明し、承諾(インフォームドコンセント)を得ることが大切とされています。
  • 例:
    • 「今からお口のそうじをしますね。ごはんを安全に食べるために大事なケアです。」
    • 「痛いところがあったら、すぐ教えてくださいね。」
  • 認知症の方には、短い言葉でゆっくり、同じフレーズを繰り返すと受け入れやすくなります。

この3つをそろえることで、「怖くない・むせにくい・負担の少ない」口腔ケアに近づきます。

介助が必要な人の口腔ケア図解
引用元:公益社団法人 東京都医師会 介護職員・地域ケアガイドブック 各論6 口腔ケアと摂食・嚥下障害 P.12

食前・食後・就寝前…口腔ケアの頻度・タイミングの目安

口腔ケアの頻度は、「多ければ多いほど良い」というより、「生活リズムに合わせて無理なく続けられること」が大切です。ただし、専門家の資料ではいくつかの目安が示されています。

1. 基本の目安

  • 厚生労働省の健康づくり資料では、健康高齢者の口腔ケアとして「毎日、食後や就寝前に歯や舌の清掃を行う」とされています。
  • 東京医師会の在宅口腔ケアガイドでは、「原則として毎食後の実施が望まれ、義歯の清掃も毎食後行う」と記載されています。

これらをまとめると、

最低限:1日2回(朝と就寝前)
できれば:毎食後+就寝前(1日3〜4回)

が一つの目安になります。

2. 食前の口腔ケアの意味

  • 同じガイドでは、「食前の口腔ケアは口の準備体操にもなる」とし、特に嚥下障害がある場合には食前ケアが重要とされています。
  • 口の中をきれいにして刺激を入れることで、唾液分泌や舌・頬の動きが良くなり、むせにくくなる効果が期待されます。

3. 体調や介護状況に合わせて調整する

  • ガイドラインでも、「毎食後が理想だが、無理をせず体調の良いときに行う」と記載されています。
  • 発熱時・強い倦怠感がある時は時間を短くし、スポンジブラシで汚れを取る・保湿を中心にするなど、負担が少ない方法を選びます。

4. 就寝前を“最低ライン”に

そのため、忙しい日でも 「就寝前だけは必ず」 を最低ラインにしておくとよいでしょう。

就寝中は唾液が減って細菌が増えやすくなるため、多くの歯科資料で「就寝前の丁寧なケア」が強調されています。


高齢者の口腔ケアの基本手順|歯磨き・口腔清拭・うがい・保湿

利用者と介護職員の写真

自立〜健康高齢者の歯磨きガイド

自分元気な高齢者の場合は、「できるだけ本人にやってもらい、周囲が支える」ことが重要です。自分で歯を磨くことは、口の健康を守るだけでなく、手指や頭の体操にもなります。

基本のポイント

1日2〜3回、フッ素入り歯みがき剤で磨く

朝と寝る前を基本に、できれば昼食後も磨きます。

フッ素配合の歯みがき剤は根面う蝕(歯の根元のむし歯)予防に有効とされています。

小さめのヘッド・やわらかめのブラシ

高齢者は歯ぐきがやせていることが多く、強いブラッシングは傷や知覚過敏の原因になるため、やわらかめが推奨されています。

鏡を見ながら「歯と歯ぐきの境目」を意識

歯ブラシの毛先を45度くらいで歯と歯ぐきの境目に当て、小さく振動させて磨きます(スクラビング法)。

舌・頬の内側もやさしく清掃

舌用ブラシやスポンジブラシで、舌の表面を奥から手前に数回なでるように清掃します。強くこすりすぎると粘膜を傷つけるため注意が必要です。

定期的な歯科検診とクリーニング

介護予防口腔マニュアルや国立長寿医療研究センターの資料でも、定期的な専門職によるケアとセルフケアの組み合わせが推奨されています。

家族や介護職は、「時間がかかっても、危険がない範囲は本人に任せる」スタンスで見守ることが大切です。

要介護高齢者(半介助・全介助)の歯磨きと口腔清掃の手順

自分で少しできる「半介助」と、ほぼ全てを介助する「全介助」では、声かけや手順が少し変わりますが、基本の流れは同じです。東京医師会のガイドや口腔ケア講習資料をもとに、一般的なステップをまとめます。

共通の準備

  1. 姿勢を整える(座位・半座位・側臥位など)。
  2. タオル・エプロンをかけ、手袋・ライト・必要な物品を準備する。
  3. 入れ歯があれば外して、別に保管しておく。

半介助の場合

  1. 声かけ
    • 「届きにくいところだけお手伝いしますね」など、できる範囲は本人にやってもらうことを伝えます。
  2. 本人に歯ブラシを持ってもらう
    • 利き手が使えるなら本人に持ってもらい、手元が不安定なら下から手を添えてサポートします。
  3. 磨き残しやすい部位を介助
    • 奥歯の内側、頬側、歯と歯ぐきの境目などを、介護者がワンタフトブラシで補います。
  4. 仕上げの口腔清拭・保湿
    • スポンジブラシやガーゼで粘膜や舌をやさしく清拭し、必要に応じて保湿ジェルを塗布します。

全介助の場合

  1. スポンジブラシで湿らせて汚れを軽く取る
    • うがいが難しい方は、まずスポンジブラシで口腔内を湿らせながら大きな汚れを拭き取ります。
  2. 歯ブラシで歯面をブラッシング
    • 柔らかめのブラシを使い、歯の表面と歯ぐきの境目を小さく振動させて磨きます。
    • 誤嚥が心配な場合は、吸引付き歯ブラシや口腔内吸引を併用します。
  3. 舌・頬・口蓋の清掃
    • スポンジブラシで舌・頬・口蓋をやさしくなでるように清掃します。強くこすらず、「1〜2往復×数回」程度から始めます。
  4. 口腔内の水分と汚れを除去
    • スポンジブラシや吸引で、口腔内に残った水分・汚れをしっかり取り除きます。
  5. 保湿と唇のケア
    • 乾燥が強い場合は、保湿ジェルを粘膜に薄く塗り、唇にはワセリンやリップクリームを使用する方法が示されています。

このような手順を、本人の体調に合わせて「短時間で切り上げる日」と「少し丁寧に行う日」を使い分けると、継続しやすくなります。

入れ歯(総義歯・部分義歯)の洗浄・保管方法

入れ歯は「外して洗う」ことが基本です。歯科メーカーや専門サイトでも、毎食後に外して清掃し、就寝前に洗浄剤でつけ置きする方法が推奨されています。

1. 洗浄の基本手順

  1. 毎食後に外す
    • 食後、洗面器に水を張り、その上で落とさないように外します。
  2. 流水下で義歯ブラシで洗う
    • 歯の部分だけでなく、歯ぐきに当たる内側もていねいにブラシでこすります。
    • 熱湯は変形の原因になるため避けるよう、ライオンなどの資料で注意喚起されています。
  3. 就寝前に洗浄剤に浸ける
    • 就寝前には義歯洗浄剤を溶かしたぬるま湯に一晩浸けて、ブラシだけでは取りきれない細菌やカンジダを除去します。
  4. 翌朝、再度水洗いしてから装着
    • 洗浄剤をしっかり洗い流してから装着します。

2. 保管のポイント

  • 多くの歯科資料で、「乾燥を避けるため、水または洗浄液に浸けて保管する」ことが推奨されています。
  • 就寝時に入れ歯を外すかどうかは、歯科医師の指示に従いますが、外す場合も「口の中はスポンジブラシで清掃し、歯ぐきのマッサージをする」ことが大切です。

3. 歯がない高齢者の口腔ケア

スポンジブラシややわらかいガーゼで、歯ぐき・頬・舌をなでるように清掃し、最後に保湿ジェルを塗布する方法が、口腔ケア基礎資料で紹介されています。

歯がなくても、歯ぐき・舌・粘膜に汚れと細菌は付きます

舌・頬・口蓋・粘膜の清掃と保湿

歯だけでなく、「舌・頬・口蓋・粘膜」をきれいに保つことが、誤嚥性肺炎や口臭予防に重要だと、多くの口腔ケアマニュアルで強調されています。

1. 舌の清掃

  • 舌ブラシまたはスポンジブラシを使い、舌の奥から手前へ軽くなでるように数回行います。
  • 口腔ケア講習資料では、「硬いブラシで強くこすると粘膜を傷つけるので避ける」「一度に全部取ろうとせず、何日かに分けて行う」ことが推奨されています。

2. 頬の内側・口蓋・粘膜の清掃

  • スポンジブラシや柔らかいガーゼを水または希釈した洗口液・保湿剤にひたし、頬の内側・歯ぐき・口蓋をやさしくふき取ります。
  • このとき、頬や唇を軽く伸ばすように動かすと、口周りの筋肉への刺激にもなり、唾液の分泌を促す効果があるとされています。

3. 仕上げの保湿

  • 乾燥が強い場合は、口腔用保湿ジェルやスプレーを粘膜全体に薄く広げます。
  • 高齢者の口腔乾燥資料では、保湿により口内炎やカンジダ症・誤嚥性肺炎のリスクが下がる可能性が指摘されています。

4. 注意点

  • 痛み・出血が強い場合や、白い斑点が長く続く場合は、口腔がんや重い感染の可能性もあるため、歯科医師・口腔外科の診察が推奨されます。

うがいができない要介護者への「口腔清拭」のやり方

嚥下機能が落ちている高齢者では、「うがいをさせると誤嚥しそうで怖い」という現場の声がよく聞かれます。その場合に有効なのが、スポンジブラシやガーゼを使った「口腔清拭」です。

QUOM の記事(※1)や口腔ケア講習資料でも、うがいができない人にはスポンジブラシで湿潤と清掃を行う方法が推奨されています。

基本の手順

  1. 姿勢を整える
    • 可能なら上体を起こし、座れない場合は横向きまたは顔だけを横に向けます。
  2. 口の周りを拭く
    • まず、濡らしたガーゼやスポンジで口の周り・唇を拭き、唇に保湿剤を軽く塗ります。
  3. スポンジブラシで口腔内を湿らせる
    • 水または少量の保湿液を含ませたスポンジブラシで、歯ぐき・頬・舌を「なでるように」拭きます。
  4. 歯ブラシで歯を磨く(必要に応じて吸引併用)
    • 少量のジェル状歯みがき剤を使用し、歯ブラシで歯面を磨きます。ジェルは拭き取りやすく、吸引もしやすいとされています。
  5. スポンジブラシで歯みがき剤や汚れを拭き取る
    • うがいの代わりに、スポンジブラシで歯みがき剤をしっかり拭き取り、必要に応じて吸引します。
  6. 最後に保湿剤を塗布
    • 口腔乾燥が強い人には、口腔用保湿ジェルやスプレーで粘膜全体を保湿し、唇にもリップクリームなどを塗ります。

ポイント

痰や分泌物が多い場合は、あらかじめ吸引器を準備し、必要に応じて吸引しながら進めます。

「飲み込ませよう」とせず、「拭き取って外に出す」イメージで行うと安全です。

※1 参考資料 QUOM うがいができない要介護者への歯磨き方法をご紹介! 喉の奥に汚れを落とし込まないためのポイントとは 2022.11


高齢者が口腔ケア・歯磨きを嫌がるときの理由と対応策

利用者に話しかける職員の写真

高齢者が口腔ケアを嫌がる代表的な理由

口腔ケ高齢者が歯みがきや口腔ケアを嫌がる背景には、「わがまま」ではなく、いくつかの理由が隠れていることが多いといわれています。認知症ケアや介護現場の報告では、主に次のような理由が挙げられています。

痛みや傷がある
歯ぐきの炎症、口内炎、合わない入れ歯などで「触られると痛い」状態になっている。

何をされるのか分からない恐怖や不安
認知症があると、歯ブラシやスポンジブラシを見ても「これは何をする道具なのか」が理解しづらく、突然口の中に入れられると怖く感じます。

口を触られること自体への抵抗感
口はとてもデリケートな場所で、「プライベートゾーン」として守ろうとする気持ちがあります。

口腔ケアの必要性が実感できない
「もう歳だから」「今さら歯みがきしても一緒だろう」と感じ、やる意味が分からない場合もあります。

過去の嫌な経験
歯科治療で痛い思いをした、強い力で磨かれて出血した、などの体験がトラウマになっていることがあります。

こうした理由を理解せずに、「ちゃんと磨かないとダメですよ」「いいから口を開けてください」と押し通すと、かえって拒否が強くなります。まずは「なぜ嫌がっているのか?」という視点を持ち、痛み・不安・トラウマなどの原因を探ることが、対応の第一歩です。

本人の同意を得るための声かけと説明の工夫

口腔ケア口腔ケアをスムーズに行うには、「本人に納得してもらうこと」が非常に重要です。認知症高齢者へのケアの研究や介護現場の実践報告では、次のような声かけの工夫が有効とされています。

名前をきちんと呼ぶ
「○○さん、こんにちは。今からお口をきれいにするお手伝いをしてもいいですか?」
と、相手の目を見てゆっくり伝えます。

いきなり口を触らない
まず手の甲や肩にそっと触れ、「今日はごはんがよく食べられるように、お口の中を少しだけきれいにしましょうね」と、これからすることの目的をやさしく説明します。

使う道具を見せながら説明する
「これは歯ブラシです。ここを持って、ここで歯をやさしくなでるようにしますね」
と一つずつ示すことで、何をされるのかイメージしやすくなり、不安が減ります。

声の大きさや速さに注意する:
相手が興奮気味なら声を落ち着いたトーンにし、耳が遠い方には少し大きめ・はっきりと話すなど、相手の状態に合わせて調整すると受け入れやすくなります。

このように、「急がない」「説明してから触れる」「相手のペースに合わせる」といった小さな工夫が、同意を得るうえで大きな効果を生みます。

短時間で終わらせる・ポジティブな体験に変えるコツ

口腔ケアを嫌がる方にとって、「長くてつらいケア」は負担になります。そのため、短時間で終わる成功体験を積み重ねることがとても有効だとされています。

具体的には、最初から完璧を目指さず、

「今日は前歯だけ一緒に磨きましょう」
「今は上の歯だけできたら十分ですよ」

といったように、ケアの範囲を小さく区切る方法があります。短く終われば疲れにくく、「これなら頑張れそう」と感じてもらいやすくなります。

また、好きな時間帯を選ぶことも大切です。眠いときや、機嫌が悪いときは避け、テレビを見終わった後や、お風呂あがりなど、比較的リラックスしているタイミングを選ぶと受け入れやすくなります。

さらに、ケアの途中や終わったあとに、

「今日はよくお口を開けてくださいましたね、助かりました」
「きれいになりましたよ、これでごはんがおいしく食べられますね」

と、具体的にほめることも重要です。これにより、口腔ケアが「嫌なこと」から「褒められる、気持ちよいこと」に少しずつ変わっていきます。

このように、「短く区切る」「時間帯を選ぶ」「肯定的なフィードバックをする」ことで、口腔ケアをポジティブな体験に近づけることができます。

認知症高齢者の口腔ケアの促し方・拒否の強い場合の工夫

認認知症の方の口腔ケアは、拒否が強く、介護者が一番悩みやすい場面です。しかし、研究や現場の報告を見ると、いくつかの工夫で受け入れやすさが変わることがわかっています。

まず、無理に押さえつけないことが大前提です。力ずくで口を開けようとすると、恐怖心が強くなり、その後ますます拒否が激しくなる悪循環に陥ります。

代わりに、次のような工夫が推奨されています:

一緒に歯みがきする「見本磨き」
介護者が自分の歯を磨く様子を見せながら、「一緒にやってみましょう」と促すと、動作をまねしてくれることがあります。

手添え磨き(ハンドオーバーハンド)
本人が歯ブラシを持ち、介護者がその手にそっと手を添えて動きをサポートする方法です。「自分でやっている感覚」を残せるため、抵抗が少ないとされています。

短い言葉で一つずつ指示する
「口を開けてください」→「上の歯を磨きます」→「次は下の歯です」など、1ステップずつゆっくり伝えます。長い説明は理解しづらく、混乱を招きます。

痛みや不快のサインをよく観察する
顔をしかめる、頭を後ろに引く、手で払いのけるなどの動きがあれば、どこかに痛みがある可能性があります。その場合は、歯科や口腔ケアに詳しい専門職に診てもらうことも検討します。

認知症高齢者の口腔ケアに関する研究では、「拒否の原因(痛み・不安・理解できないこと)に寄り添い、スピードを落として丁寧に関わること」が、心地よさと受け入れにつながると報告されています。

総じて、認知症の方の口腔ケアでは、「今日はできたところまででOK」と考え、本人の尊厳と安心感を守りながら、少しずつ良い経験を重ねていくことが大切です。

※ ナッジ理論を活かした声かけについて詳しく知りたい方はこちら>>>https://asu-asu.blog/syakaisanka-nudgetheory/


介護現場・在宅でできる「高齢者 口腔ケア」の体制づくり

複数名が手を前に出し重ねている写真

介護職・家族・歯科医師・歯科衛生士の役割分担

高齢高齢者の口腔ケアを継続していくには、「誰が何をするか」をはっきりさせたチーム体制が欠かせません。介護職・家族・歯科医師・歯科衛生士が、それぞれの得意分野を分担することがポイントです。

基本的な考え方としては、

日々のケア:介護職・家族が、毎日の歯磨き・入れ歯の清掃・口腔清拭などを行う

専門的な評価・治療:歯科医師がむし歯や歯周病、入れ歯調整、嚥下評価などを担当

技術指導と継続支援:歯科衛生士が、利用者本人への口腔ケアと、介護職・家族への技術指導を行う

という役割分担が、厚労省や歯科関連団体のマニュアルでも推奨されています。

日本の介護保険制度では、「口腔衛生管理体制加算」「口腔衛生管理加算」など、歯科医師・歯科衛生士と介護施設が連携して口腔ケアに取り組むと評価される仕組みがあります。たとえば、歯科衛生士が入所者に月2回以上口腔ケアを実施し、介護職へ技術的助言を行うことで、口腔衛生管理加算(1人あたり月90単位)が算定できるといった具体的なルールが定められています。

まとめると、「現場まかせ」「歯科まかせ」にせず、介護職・家族・歯科が連携して、それぞれの役割を明確にすることが、高齢者の口腔ケアを続けるための土台になります。

施設・事業所での口腔ケアマニュアルと研修

施高齢者施設や通所系サービスでは、「人によってやり方がバラバラ」にならないよう、口腔ケアのマニュアルやチェックリストを用意しておくことが重要です。

理由は、職員の経験やスキルに差があると、ある利用者は丁寧なケアを受けられるのに、別の利用者はほとんどケアされない…という不公平が起こりやすいからです。日本歯科衛生士会や老年歯科医学会が作成している「施設における口腔健康管理推進マニュアル」(※1)では、評価項目やケア手順、記録様式の例が示され、職員間で共通のものさしを持つことの重要性が強調されています。

具体的には、次のような仕組みを整えると運用しやすくなります。

利用者ごとに「口腔状態・ケア方針」を記載したシートを作る

観察項目(乾燥・汚れ・痛み・義歯の状態など)をチェックリスト化する

新人職員には、歯科衛生士や経験者によるOJT研修を行う

口腔ケアの実施・観察内容を記録し、カンファレンスや会議でフィードバックする

これらは、口腔衛生管理加算などを算定するうえでも求められる内容であり、制度上もマニュアル整備と研修の重要性が裏付けられています。

まとめると、「マニュアル+研修+記録」をセットで回していくことで、誰が担当しても一定の質で高齢者の口腔ケアを提供しやすくなります。

※1 参考資料 公益社団法人 日本歯科衛生士会 施設における口腔健康管理推進マニュアル 令和4年7月

要介護高齢者の口腔ケアを支える制度・社会的支援

要要介護高齢者の口腔ケアは、家族や施設だけで抱え込む必要はありません。日本では、介護保険や医療保険を通じて、訪問歯科診療や口腔ケアの加算といった仕組みが整えられつつあります。

代表的なものとして、

訪問歯科診療・訪問歯科衛生指導
自宅や施設に歯科医師・歯科衛生士が訪問し、診療や口腔ケア指導を行う仕組み。介護保険施設から依頼があった場合、訪問歯科衛生指導料などが算定できるとされています。

口腔衛生管理体制加算・口腔衛生管理加算
歯科医師や歯科衛生士が、施設全体の口腔ケア体制づくりや、入所者への口腔ケアと介護職への指導を行うことで算定できる加算。月1回以上の技術的助言、入所者への月2回以上の口腔ケアなど、具体的な要件が決められています。

経口維持加算・経口移行加算
多職種と協力して、経口摂取を維持・再獲得するための計画・会議を行うと評価される仕組みで、口腔ケアや嚥下リハと栄養管理をセットで考えることが求められています。

こうした制度は、「きちんと連携すれば、口腔ケアにかける時間や専門職の関わりが報酬面でも評価される」ように設計されています。現場としては、地域の歯科医院や歯科医師会と連携し、「どのサービスが使えるか」「どの加算を取るために何が必要か」を情報共有しておくことが大切です。

まとめると、要介護高齢者の口腔ケアは、介護職や家族だけで頑張るものではなく、「制度と専門職をフル活用してチームで支える」時代になっています。利用者・家族にとっても、「歯医者さんは通えないから無理」ではなく、「訪問歯科・訪問歯科衛生指導を相談してみよう」という発想が大切です。


高齢者の口腔ケアQ&A|よくある疑問に専門職が回答

Q&Aの画像

高齢者の口腔ケアは一日何回くらい必要?

目安は「1日2回以上」です。
自立している方は朝と就寝前、要介護の方は食前または食後+就寝前など、生活リズムに合わせて無理なく続けられるタイミングを選びましょう。

歯がない高齢者にも口腔ケアは必要?どうやって行う?

歯が1本もない方でも、口腔ケアは必ず必要です。
歯ぐきやほほの内側、舌、上あごに汚れやカンジダがたまり、痛みや炎症の原因になります。

スポンジブラシやガーゼで粘膜をやさしく拭き取り、乾燥が強い場合は保湿ジェルでうるおすケアが基本です。

総入れ歯の高齢者のケアのポイントは?

総入れ歯の方には、

  • 毎食後のブラシ洗浄
  • 1日1回の洗浄剤による浸けおき
  • 就寝時は入れ歯を外して保管する
  • 定期的な歯科受診によるフィット感のチェック

の4つがポイントです。
入れ歯を外した状態で、歯ぐきや粘膜の清拭も忘れずに行いましょう。

食前と食後、どちらの口腔ケアが大事?

どちらも大事ですが、

  • 誤嚥性肺炎予防を考えるなら「食前」
  • むし歯・歯周病予防を考えるなら「食後・就寝前」

というイメージで両方を組み合わせるのが理想です。
現場の負担も考えながら、1日2回以上を目標に調整していきましょう。

口腔ケアで出血した/痛がるときの対処法は?

少量の出血であれば、大きく慌てる必要はありませんが、何度も繰り返す出血や強い痛みは注意が必要です。

  • こすりすぎていないか・ブラシが硬すぎないかを確認する
  • 清潔なガーゼで軽く圧迫して止血する(強くこすらない)
  • 痛みや腫れが続く場合は、歯科を受診する

出血が続いているのに、同じ場所を何度も強く磨くのは逆効果です。
「力を弱く」「道具を見直す」「必要なら受診」という3段階で対応しましょう。


まとめ|正しい口腔ケアで高齢者の「一生おいしく、安全な食生活」を守ろう

利用者と職員の写真

高齢者の口腔ケアは、むし歯や歯周病だけでなく、誤嚥性肺炎・低栄養・フレイル・認知症・生活の質(QOL)にまで高齢者にとって、口腔ケアは「歯みがき」以上の意味を持っています。ここまでの内容を、あらためて整理します。

まず、高齢者の口腔ケアが大切な理由は、

むし歯・歯周病・口臭を防ぐ

誤嚥性肺炎などの感染症を減らす

低栄養・フレイル・認知機能低下の予防につながる

「おいしく食べて、人と話す」QOLを守る

という、全身の健康と生活の質に直結しているからです。誤嚥性肺炎の発症や死亡が、口腔ケアの介入で減った研究や、オーラルフレイルとフレイル・認知症の関連を示す論文が、この重要性を裏付けています。

次に、今日からできる一歩としては、難しいことよりも「観察+1日1回の丁寧なケア」から始めるのがポイントです。

毎日、お口の中を見て・気づく(観察)
乾燥・汚れ・傷・出血・入れ歯の当たり具合・むせやすさ など

自立している方には「朝と寝る前の2回みがき」を勧める

要介護高齢者には、「1日1回の丁寧なケア+他のタイミングでの簡単な清拭」を目標にする

最後に、歯科専門職との連携と定期的な見直しがとても重要です。

  • 歯科医師:むし歯・歯周病、入れ歯調整、嚥下評価
  • 歯科衛生士:口腔ケアの実施と、介護職・家族への具体的な指導
  • 介護職・家族:毎日のケアと変化の「気づき」を担う

介護保険の「口腔衛生管理加算」や訪問歯科診療を活用すれば、施設や在宅でも専門職と一緒に「高齢者 口腔ケア」の体制を整えることができます。

口腔ケアは、今日から始められる「小さなケア」ですが、その積み重ねが、“一生おいしく、安全に食べられる人生”を支える土台になります。この記事をきっかけに、ご自分の施設やご家庭での口腔ケアを、少しずつ見直していただければうれしいです。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次