高齢化社会が進む日本において、介護現場の課題解決には新しいアプローチが求められています。その中でも、介護者の身体的負担を軽減し、利用者により良いケアを提供する「ノーリフティングケア」は注目されています。
特に高知県では、全国に先駆けて取り組みを進め、成果を上げています。本記事では、高知県のノーリフティングケアの取り組み背景から具体的事例、そして未来への展望までを詳細に解説します。
はじめに

ノーリフティングケアとは?
基本概念の解説
ノーリフティングケアは、介護者が利用者を抱え上げる行為をなくすことを目的としたケア手法です。リフトやスライディングシートといった福祉用具を活用し、身体的負担の軽減を図ります。
従来の抱え上げ介護は、職員にとって身体的負担が大きく、特に腰痛が発生しやすい状況を生み出していました。このケア手法を導入することで、職員の健康を守り、離職率の低下にも寄与します。
例えば、リフトを導入した施設では、移乗作業に要する時間が短縮されるだけでなく、職員の負担軽減によりケアの質が向上しました。
高知県におけるノーリフティングケアの背景と取り組み

高知県の「ノーリフティングケア宣言」
宣言の内容と目的
2018年に発表された「高知家まるごとノーリフティングケア宣言」は、介護現場での腰痛ゼロを目指し、県全体での取り組みを推進するものです。
都市部に比べ、地方では福祉用具の導入が遅れがちです。この宣言は、地域間の格差をなくし、高知県内全域での均一なケアの提供を目指しています。
宣言以降、県内のすべての介護施設でノーリフティングケアの実践が義務化され、リフトの導入費用を補助する制度も整備されました。
宣言による地域社会への影響
この宣言により、介護職の負担が軽減され、職場環境の改善が進みました。結果として、若い世代の介護職員の参入が増えています。
持続可能な介護を実現するためには、働く人々の健康とやりがいを守ることが重要です。この宣言は、その基盤を構築する一助となっています。
宣言後、腰痛の離職がなくなったり、介護職に就く若年層の割合が増加したという効果が現れています。
高知県では、介護職員の身体的負担の軽減と利用者の二次障害を防止するために、「持ち上げない、抱え上げない、引きずらないノーリフティングケア」を推進しています。
この度、さらなる普及啓発に向けてパンフレットを作成しましたので、施設・事業所におけるノーリフティングケアの実践や定着のためにぜひご活用ください。
引用元:高知県 「高知県ノーリフティングケア宣言」パンフレットを作成しました!
高知県の介護事情が大きく変化した理由

高齢化率と介護現場の課題
高知県の高齢化率は36%を超え、全国平均を大きく上回っています。このため、介護職員不足と利用者増加が深刻な課題となっています。
高齢化率が高い地域では、1人の介護職員が担当する利用者の数が多くなり、負担が過剰になる傾向があります。
「一日の介護業務が時間内に終わらない」「腰痛や疲労で仕事を辞めたい」という職員の声が多く寄せられています。
ノーリフティングケアが必要とされた背景
従来の介護現場では「抱え上げ」介護が主流でしたが、これが職員の腰痛や退職の大きな要因となっていました。
厚生労働省の調査によると、介護職員の離職理由の上位に「腰痛や体調不良」が挙げられています。介護業界の労働環境を改善するには、腰痛を防ぐ仕組みが必要不可欠でした。
高知県では、平成30年10月のアンケートにおいて「介護する際の負担が減った 64.6%」「腰痛発生が減少した 36%」と回答が得られています。
参考資料:高知家まるごとノーリフティング 労働安全
高知県での具体的な取り組み事例

あざみの里のノーリフティングケアとICT活用
高知県の「あざみの里」では、ノーリフティングケアをICT技術と組み合わせることで、効果的な介護を実現しています。
ICTシステムを導入することで、利用者の動線や状態を可視化。適切なタイミングでリフトや補助用具を活用する運用が可能となっています。
この施設では、利用者の動きや健康状態を記録・管理するICTシステムを活用し、スタッフが状況を迅速に把握できる体制を構築しています。この仕組みにより、介護業務が効率化され、利用者の安全性が向上しました。
また、スタッフの負担が軽減され、利用者とのコミュニケーションにより多くの時間を割けるようになったとされています。このような取り組みは、転倒事故防止や介護の質向上に繋がると期待されています。
ノーリフティングケアを取り入れたきっかけ
「あざみの里」では、職員の腰痛問題が深刻化したことを受け、ノーリフティングケアの導入を検討しました。
職員が健康を損ねると、業務が滞るだけでなく、利用者のケアにも影響が出ます。スタッフの負担軽減は、施設運営の安定に直結します。
導入後、ある職員は「腰痛が減り、仕事に集中できるようになった」と語っています。また、業務効率が向上したため、利用者とのコミュニケーション時間が増えたとの報告もあります。
ノーリフティング推進チームの活動紹介
高知県のノーリフティングケアを支える仕組み

研修制度と資格取得の推進
高知県は、ノーリフティングケアに関する専門資格の取得支援を行っています。
資格取得は、職員の技術を標準化し、介護サービス全体の質を向上させるための重要な手段です。
資格を取得した職員の多くが、「現場でのスキル向上が実感できた」「利用者との信頼関係が築きやすくなった」と評価しています。
補助金制度と課題
高知県では、ノーリフティングケアを導入する施設に対し、リフトや補助器具の購入費用を補助する制度を設けています。
ノーリフティングケアを実践するためにはリフトやスライディングシートなどの福祉用具が必要ですが、初期費用が高額になることが普及の妨げとなっています。この補助金制度は、その障壁を取り除く重要な役割を果たしています。
2023年度、高知県では多くの介護施設が補助金制度を活用してノーリフティングケア用具を導入しました。この取り組みは、職員の腰痛予防や介護の質向上を目的として推進されています。県全体での普及率は年々向上しており、特に施設規模の大小に関わらず導入を進める努力が行われています。
日本全体への影響と国際的視点

ノーリフティングケアが介護報酬で評価された背景
介護報酬改定における生産性向上加算の整備
厚生労働省は、介護現場の生産性向上を目指し、2023年の介護報酬改定で「生産性向上加算」を整備しました。
この加算は、ICTや介護ロボットの導入を推進することで、介護職員の業務効率化や負担軽減を図ることを目的としています。
ノーリフティングケアの取り組みは、この生産性向上加算の趣旨に合致しており、実践する施設が恩恵を受ける仕組みとなっています。
ノーリフト先進国オーストラリアの影響
オーストラリアでは、20年以上にわたりノーリフティングケアが国家レベルで推進されており、その成果が日本にも影響を与えています。
オーストラリアでは法制度が整備されており、すべての介護施設がノーリフティングケアの導入を義務付けられています。日本とは異なり、職員研修や用具購入に対する支援が充実しています。
高知県の介護施設関係者がオーストラリアを視察し、同国の取り組みをモデルに独自の推進計画を立案しました。これにより、施設ごとのカスタマイズされた導入が進んでいます。
ノーリフティングケアがもたらす未来
これからの介護現場に必要な心構え
ノーリフティングケアは、リフトや福祉用具がなくても実践できる技術が多くあります。これを広めることで、導入コストがネックとなる小規模施設でも取り組みが可能になります。
介護職員がノーリフティングケアの基礎技術を身につけることで、施設設備に頼らずに実践できる環境が整います。また、職員の意識改革が利用者へのケア向上に直結します。
高知県内のある施設では、リフトを使用せず、スライディングボードのみを活用した移乗技術を研修で導入。職員全員がこの技術を習得し、利用者と職員の双方に好評を得ています。
新型コロナウイルス感染予防対策にも有効
ノーリフティングケアは、接触機会を最小限に抑えるため、感染予防にも非常に有効です。
従来の抱え上げ介護では、職員と利用者が密接に接触する必要がありました。ノーリフティングケアでは、この接触を福祉用具で代替するため、安全性が高まります。
高知県内の施設では、リフトを活用した移乗により、職員の感染リスクを低減。これにより、施設内でのクラスター発生を未然に防いだケースも報告されています。
まとめ:高知県のノーリフティングケアが示す未来像

高知県の取り組みの総括
高知県は「高知家まるごとノーリフティングケア宣言」を発表し、全国に先駆けて地域全体でノーリフティングケアを推進するモデルケースを築いています。
この宣言は、単なるスローガンに留まらず、具体的な補助金制度や研修体制、ICT活用による効率化といった実践的な取り組みを伴っています。
特に、県内施設での腰痛発生率が大幅に減少し、介護職員の離職率が改善された点は、高知県の取り組みの成功を物語っています。また、ノーリフティングケアを導入した施設では、利用者からも「移乗時の恐怖が軽減された」「ケアがより丁寧になった」といったポジティブな声が多く寄せられています。
他地域への展望と普及の課題
高知県の取り組みは全国的に注目されていますが、これを他地域へ普及させるためには、いくつかの課題があります。特に、初期導入費用の負担が普及の障壁となっており、補助金制度のさらなる充実や申請手続きの簡略化が求められています。
また、地域ごとに異なる介護事情に対応する柔軟なアプローチも重要です。例えば、都市部ではリフトや福祉用具の導入が比較的容易ですが、地方の小規模施設では職員数や資金の制約が大きいため、これらに対応した支援策が必要です。
さらに、ノーリフティングケアの概念を広く普及させるためには、地域住民を対象とした啓発活動も欠かせません。介護は施設内だけで完結するものではなく、家族や地域全体で支えるべきものです。高知県のように住民参加型の取り組みを広げることで、ノーリフティングケアが地域全体の介護力を高めるツールとなるでしょう。
「ノーリフティングケア」が日本の介護現場に与える未来の提案
ノーリフティングケアは、単なる介護技術の一環ではなく、日本の介護現場を根本から変える革新と言えます。職員の身体的負担を軽減し、利用者に安心感を提供するこの手法は、介護業界全体の持続可能性を高める可能性を秘めています。
さらに、ノーリフティングケアは高齢化社会が進む中で、社会全体の福祉意識を高めるきっかけにもなります。介護職の働きやすい環境を整えることで、若い世代が介護職に興味を持つようになり、人材不足の解消にもつながります。
高知県のような先進事例を全国に広めることで、日本全体の介護レベルが底上げされるでしょう。
高知県の取り組みが全国に示す希望
高知県の「ノーリフティングケア宣言」は、介護現場の未来に向けた希望の光です。
この取り組みは、職員の健康を守りながら、利用者の尊厳を重視したケアを実現するモデルケースとなっています。これを全国へ展開するためには、政策的支援と地域の創意工夫が必要ですが、成功例が示す通り、可能性は十分にあります。
介護現場におけるノーリフティングケアの重要性は、今後さらに高まると予想されます。特に、新型コロナウイルスのような感染症対策が求められる中で、接触機会を減らすケア技術は、安全性と効率性の両立を可能にします。
ノーリフティングケアは、未来の介護現場のスタンダードとなる可能性を秘めているのです。
これからの介護現場へのメッセージ
高知県の取り組みが示しているのは、地域全体で連携することの重要性です。施設単位での取り組みを超え、行政、地域住民、介護職員が一体となってケアの質を向上させることが、持続可能な介護の実現に不可欠です。高知県をモデルに、他地域でもノーリフティングケアの導入が進むことを期待しています。
介護職員の健康と利用者の尊厳を守る「ノーリフティングケア」。高知県から始まったこの取り組みが、日本全国へと広がり、より良い介護社会を築く未来へ繋がることを願っています。


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